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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3834号 判決 1975年1月24日

原告

株式会社明来鉄工所

右代表者

鈴木啓文

右訴訟代理人弁護士

鮫島武次

被告

ダイコー精機株式会社

右代表者

八木啓安

右訴訟代理人弁護士

里見弘

主文

被告は別紙イ号物件目録並びに図面記載の物件を製造、販売してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告会社が次の特許権を訴外S樹脂株式会社と共有していることは、当事者間に争いがない。

登録番号 第五五四〇一六号

名称 プラスチックフィルムその他の帯状体における耳片の切断搬送装置

出願日 昭和四〇年五月八日

出願公告 昭和四四年四月一〇日

設定登録 同年八月二七日

登録請求の範囲

圧力空気による吸込式乃至吹出式による空気搬送経路内に、該経路を貫通することなく架設される回転軸に経路内通過の空気流と直交すると共に回転軸の回りに回動する回転切断刃の一個以上を可回動に且つ経路横断状に架設支持させ、これと対応する固定切断刃を経路の周側一部に固設し経路内を横断する断する気流障害物を前記回転切断刃のみとすることにより、被切断耳片の空気搬送経路内における空気流による搬送と切断済み細片の搬出を自動的に行なうようにしたことを特徴とするプラスチックフィルムその他の帯状体における耳片の切断搬送装置」

本件特許公報全体の記載によると、本件特許発明の構成要素は特許請求の範囲に記載のとおりと認めるべきである。

被告は特許請求の範囲に記載の事項のうち、「経路内を横断する障害物を回転切断刃のみとする」との点だけが本件特許発明の必須の構成要素であつて、その余の「圧力空気の吸込みないし吹出しの空気経路内にその経路を貫通しない形状の回転軸を架設する」、「回転切断刃を経路内通過の気流と直交させる」、「固定切断刃を経路の周側の一部に固設する」との各事項は、いずれも本件特許出願時この技術分野において公知、公用の技術であるから、本件特許発明の構成要素をなすものではない旨主張するけれども、右各事項はいずれもそれだけで独立した発明として特許請求の範囲に記載されているのではなく、本件特許発明を構成する要素として組み入れられ、全体として新規な一つの発明を構成するものとして記載されているものであることは特許請求の範囲並びに発明の詳細な説明の記載に徴して明らかなところであるから、発明を構成する一部あるいは幾部の要素が出願時公知であるとしても、その事実はそれだけで右の事項を特許発明の構成要素から排除すべき理由とはならない。

また、被告は本件特許発明においては、圧力空気により被切断耳片を搬入する経路の内径と、これを切断後搬出する経路の内径とを同一にすることが要件であつて、これは図面に表示されているところから明らかに認め得る旨主張し、本件特許公報の図面には被告主張の如き図示がなされていることが認められるけれども、特許請求の範囲には勿論、発明の詳細な説明にもなんらこの点につき被告主張の如く限定して解釈すべき記載はなく、本件特許公報全体の記載によれば、本件特許の出願人はこの点につきなんら限定せずして特許請求をしたものであり、右図面の表示は単なる実施例を示したに過ぎないものと解すべきである。

二被告が各種粉砕機の製造、販売を業とするもので、昭和四五年三月別紙イ号物件目録並びに図面記載の切断搬送装置(イ号物件)一台を製造し、これを昭和四七年九月訴外Ⅰ金属株式会社に販売したことは当事者間に争いがない。

三そこで、イ号物件を本件特許請求の範囲の記載と比照すると、イ号物件には本件特許請求の範囲に記載の発明構成要素のすべてが一体となつて具つていることが認められる。

被告は、イ号物件は前方の被切断耳片の搬送経路の内径を三〇ミリメートル、後方の切断済み細片の搬出経路の内径を八〇ミリメートルとし、前者を後者より遙かに小さく、且つ回転切断刃の形状よりも小さく構成したことにより、切断刃が回転する際、回転切断刃の背面部によつて前方空気搬送経路が遮断され空気流が瞬間的連続的に阻害され、空気流によつて搬送される耳片の移動速度を緩慢ならしめ、前方空気搬送経路を後方のそれと同じくする本件特許発明の場合より一層微細に細断しうるという作用効果を奏すると主張するけれども、本件特許発明においては前方空気搬送経路の内径を後方のそれに比し著しく小さくするか、回転切断刃よりも小さく構成するかはすべて実施上の問題であり、右の如く小さく構成した場合でも本件特許発明の構成要素のすべてを具えた技術と認め得る以上、その技術的範囲に属することを否定することはできない。

尤も、前方空気搬送経路の内径と後方空気搬送経路の内径との関係につきある種の比率の大きさに構成することにより特異の作用効果を発揮することが明らかになりそれに進歩性が認められるならば、これを内容とする技術思想にいわゆる選択発明が成立することがあり得る。しかし、この場合においても本件特許発明との関係においては利用関係(従属関係)が認められるから、本件特許の権利者の承諾を得たことについて主張立証のない本件にあつては、被告はその選択発明を実施することはできないことになる。

更に、被告はイ号物件は回転切断刃の背面部により前方空気搬送経路内径を全く遮断して空気流を瞬間的に阻止し得る形状と大きさの回転切断刃としてあるので、その結果右の構造により供給される材料の吸引移動速度を緩慢ならしめ、よつて材料を一層微細に細断し得る旨主張するけれども、特許請求の範囲に記載の、「経路内を横断する気流障害物を前記回転切断刃のみとする」との文書は、本件特許発明において回転切断刃が経路内を横断する気流障害物となることを当然肯定し、その障害物を回転切断刃のみとすることを消極的要件とする旨表現しているのであるから、右被告主張のイ号物件における構成は本件特許発明における右消極的要件に該当することを否定することはできない。

四以上によれば、被告のイ号物件の製造、販売行為は原告の本件特許権を侵害するものといわなければならない。

被告はイ号物件を一台試作しただけにすぎず、これを訴外Ⅰ金属株式会社に販売したのは同訴外会社から執拗に頼まれたからであり、右以外にイ号物件やこれに類する製品を製造、販売したことはなくまた将来これを製造、販売する予定も意思も全くない旨主張するところ、被告会社がイ号物件を現在製造、販売していることについてはこれを直接認めうべき証拠はない。しかし、被告が少くとも一台のイ号物件を製作しこれを他に売却したこと、被告は各種粉砕機等の製造、販売を業とするものでイ号物件の量産もたやすくなしうる技術と設備を有すると思われること及び弁論の全趣旨を綜合すると、仮に主張のとおり現在イ号物件の製造、販売を差し控えているとしても将来これを製造、販売する虞れがあると認められる。従つて、原告が被告に対し、その製造、販売の差し止めを求める必要も認められる。

五よつて、原告が本件特許権の共有権に基づきその保存行為として被告に対しイ号物件の製造、販売の差止めを求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大江健次郎 小林茂雄 香山高秀)

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